凸森の思弁的卵かけごはん

アニメ/マンガ/本/音楽/映画/グルメetc...エンタメ関連を中心に、日々の徒然を綴るブログです。

『かくしごと』のアニメ最終回を観た~私と久米田作品~

凸森です。

 

昨日、妻と一緒に『かくしごと』の最終回を観ました。

案の定、一緒に見ていた妻は涙を流していた。

妻は非常に涙もろく、どれぐらい涙もろいかというと、映画館に行ったときに映画の予告編で涙を流すことがあるくらいなのだ。

私も涙を流した。

涙の理由としては、もちろん感動したのであるが、と同時に

「久米田ってこんなお話描けたんだなぁ~」

と感心せずにはいられなかった。

この感心は、なんというか、『君の名は。』を初めて観た後に新海誠に抱いた感覚にも似ている、「長い長い大二病から卒業できましたね!」という感じ。

ここで、私が触れてきた久米田康治作品について少し書いていきたいと思う。

1.私と『かってに改造!』

そもそも、私と久米田康治との出会いは、中学1年生の時に読んだ『かってに改造!』でした。中学の科学部のオタ連中(科特部気取りのw)からなぜか8巻から借りて読んだ。

正直言って、わからないネタ(あのタイトル・少女たちがエロゲであることを、僕らはまだ知らない)がたくさんあったが、それでも今までにない読書体験で、面白く読んだことを覚えている。

8巻から借りて読んだんで、「それ以前の巻ってどんな感じだろう?」ということが気になり、自分で入手して読んでみたが、、、下ネタがえげつない!!

もちろん、それはそれで面白かったが、『かってに改造!』の1~5巻くらいまでは、下ネタがすさまじく、6巻くらいから下ネタが中和され始め、8巻くらいで影を潜めていくのだ。

15巻くらいから羽美ちゃんが壊れ始め、、、そして最終話に至る。

 

2.私と『さよなら絶望先生』

『さよなら絶望先生』が週刊少年マガジンで始まるという連載予告マンガを、高校2年生のころに部活のケガで接骨院に通っていて、そこの待合室で見たことを今でも覚えている。そのころ2週間に1度は接骨院に通っていたから、連載されていた絶望先生をよく読んでいた。

高校を卒業し、1年の浪人を経た後、晴れて私は東京の大学に通うようになり、深夜アニメを観るようになった(最初に東京のTVで観た深夜アニメは、確か『ARIA the ORIGINATION』だったはず)。2008年、私が大学2年生の頃にシャフト制作『さよなら絶望先生』が始まったのだが、これに本当に嵌った。。というか、これ以降私はシャフト厨になり、「シャフト以外はアニメにあらず」という平家的なヤバい原理主義的発想に陥っていた時期があった(もっとも、シャフト至上主義が薄まってきた2011年に観たまどマギで、再び舞い戻ることになるのだが。。)。

絶望先生のアニメは私にとってすべてがセンセーショナルだったと言わざるを得ない。

OP、シャフト的なカット割り、前衛/実験的なアニメーション、、、すべてがカッコよかった。。特に、2期の最終話のOPに色が付いたときは「うおおおぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおお」という文字をニコニコのコメントに100回くらい打ち込んで弾幕に加勢する形になるくらいだった。

 

私は、今アニメ業界で働いている身で、

「アニメ業界で働くきっかけは?」

と質問されたとき

「まどマギです」

と答えるが、正直絶望先生にここまで嵌っていなければ、多分まどマギを観ることはなく、ひょっとしたらまったく別の仕事をしているかもしれない。

3.私と『かくしごと』

まず、1話を観た後に、驚いたのは

「えっ!これシャフトじゃなくて亜細亜堂で作ってるの!?」

ということだ。

亜細亜堂っていったら、真っ先に思いつくのは『忍たま乱太郎』だと思う。

しかも、亜細亜堂は2016年に『終末のイゼッタ』というアニメを制作したのだが、これについては作画カロリーが重く、スケジュールが厳しく、終盤にクオリティが下がったことを覚えている。

そこから制作体制を立て直したのだろうか、作画もいい、背景もいい、カットにも無駄がない、、、要するにすごく良作アニメなのだ。

 

まだ観ていない人もいるかもなので、多くを語ることを避けるが、しかし間違いなく、2020年のアニメTop5には入る作品だといって過言ではない。