凸森の思弁的卵かけごはん

アニメ/マンガ/本/音楽/映画/グルメetc...エンタメ関連を中心に、日々の徒然を綴るブログです。

Ex-(Boys)

 ある日、時計の針は午前一時を過ぎた頃、原画回収で僕はとあるコンビニで"モンスター"片手にタバコを吸っていた。僕はいつも立川の奥地にあるコンビニで(そのコンビニは僕にとって"折り返し地点"のようなものだった)"モンスター"を買いタバコを吸うのだが、この日はなぜかいつものコンビニ立ち寄らず、少し進んで立川と国立の境界線上にあるコンビニで"モンスター"を買い、タバコを吸った。こういう場合、つまりいつもの週間とは少し外れた行動をしたとき、

《何か特別なことが起こるに違いない》

と、胸を馳せた経験が、君にはあるか?この時の僕の心境が、大体それだ。夜空を見上げた。月がやけにくっきりとみえて、まるでPhotoshopで高解像度に加工されたみたいだった。

キーッ!!!!

鋭い車のドリフト音が真夜中の澄んだ空気の中で響く。目の前には黒いレクサスが停まったていた。そして後部座席の扉が開き、ブロンドヘアーの女が車を降りた。

"Goodbye ASSHOLE, and good Fuckin' night"
(さようなら、ケツの穴。そしてクソおやすみなさい)

ブロンドヘアーの女がそういうと、黒いレクサスは左に向かって走っていった(左の道は上りだ)。ブロンド女は僕に軽蔑を含んだ流し目をしながらコンビニに入って行った。僕はブロンド女をつぶさに見た。ブロンド女は20代であるにもかかわらず40代のブリトニースピアーズのような容姿をしていた。そしてブロンド女がコンビニに入る手前で、強いシャンプーの香りがした。僕はその匂いを、池袋北口でよく嗅いだことがある。風俗で生計を立てている女特有の匂いだった。
 ブロンド女は商品棚に見向きもせずにすぐレジの前に立った。コンビニですぐレジに向かう人間は一様にシガレットを求める人間だ。ブロンド女はヴァージニアスリムを買うと、すぐに外に出てフィルムを剥いだ。そしてシガレット一本取り出すと、バッグの中をまさぐった。

「Fuck…」
(あぁ、くそ。。。)

女はそう言うと、タバコを吸い終わってそろそろ会社に向けて出発しようと思っていた僕に向かってきた。

「Give me fire」
(火をくれないかしら?)

ライターをどこかに置いてきてしまったそうだ。

「Here you go」
(どうぞ)

 そう言って僕がライターを差し出すと、ブロンド女は乱暴に僕からライターを奪いシガレットに火を付けた。まるで僕が"察しのわるい人間"であることを批判するかのように。
 ブロンド女は2口ほど勢いよくシガレットを吸うと、Thanksなしでライターを僕に返してくれた。僕ももう一本タバコに火と付けた。

「Are you Chinese?」
(あんた、中国人?)
と僕に尋ねた。
「Japanese.Why?」
(日本人だけど、どうして?)
「Just I don't have anything else what I talk about with you」
(それ以外にあなたと話すことが何もなかったからよ)

 失礼なブロンド女だ、僕はそう思った。そっちがその気なら、僕も少し失礼な人間になってもいいな、と思った。

「Are you a hooker?」
(あなたは売春婦ですか?)
「Yes.So what?
(そうよ。だからなに?)
「Ah…How much can I buy you ?」
(いくらであなたを買えますか?)

 ブロンド女は少し考えて、こう答えた。

「Expensive」
(高く付くわよ)
「Now I have just three thousands yen. Is that good enough?」
(今僕は3千円しかもってないんだけど、それでいい?)
「Funny story」
(笑い話もいいところね)

 ブロンド女は鼻で笑った。
 僕はこのブロンド女とセックスすることは諦めた。しかし、世間話くらいはしてもバチは当たらないだろうと思った。3年前、僕は一年間ほど語学留学でカナダに行っていたことがあるのだが、それは遠い過去のように思えて、自分の英語力がどんどん衰退していくのを感じていた。だから、このブロンド女と英語で話すことで少しでも自分の英語力の錆を落とすのも、悪くはない。

「Why did you come Japan?」
(どうして日本に来たの?)
「Just chasing a man」
(男を追って来たの)
「Silly.What's kind of ?」
(愚かだね。どんな男?)

 ブロンド女は怪訝な顔もせず、シガレットを一本取り出し、僕の貸したライターで火を付けた。これから語るには、シガレット一本分足りないようだ。

「It's my "Ex".He and I used to "play" everyday」
(彼は私の"かつて"よ。よく一緒に"プレイ"してたわ)

 僕は彼女の言う"play"の解釈に困った。普通この文脈であれば、"性遊"と解釈していいと思われるのであるが、"Play"と発音した時のブロンド女の横顔は、まるで昔よくひとり遊びで使ったブリキの玩具のことを思っているような顔をしていた。

「We often "play"ed and shared clacker in the room. In that room, we were ONLY two for a long time, and could have only 5 pieces of clacker someone put in drawer with peanuts-buttwr somehow in a day. It was starving life,but Green sunlight streamed down on us from the roof,,,it was like look of GOD... 」
(私たちはよく遊んだわ。そしてクラッカーを分け合っていた。 私たちは長い間たったふたりぼっちで、一日5枚のクラッカーが、誰かの手で、なんらかの形で、引き出しの中に入っていたの、ピーナッツバター付きでね。それはとてもひもじい生活だったけど、緑光が天窓から降り注いで、それはまるで、神からのまなざしのような・・・」

 ブロンド女は語り続けた。Orphanage(孤児院)にいた頃の話だろうか?女は孤児院で一緒に暮らしていた男の子を捜しているのだろうか?それで日本に来たのか?・・・わからない。ブロンド女の話は、自分の具象的な過去の話ではなく、ひどく抽象的で、観念的で、それはまるでブロンド女が長年見続けていた長い夢のように感じたから。

「There was a window, it was only way we can know the shape of "what the outside-world is". We could see a lake from the window. Every year, there was a day, that was the lake became the mirror of the earth. In a special situation altogether, like miracle angle of incidence, the lake reflected whole light, and bright. I never forget how beautiful it was.On a corner of the room, two slug made love and laid eggs in June. I was a child to like to see such things」
(部屋にはひとつの窓があった。その窓が、私たちにとって"外の世界の形"を知る唯一の方法だった。その窓からは湖が見えて、毎年一日だけ、湖は"地球の鏡"になるの。というのも、特別な条件が揃えば、例えば、奇跡的な光の入射角の集まりによって、湖は周りに存在する全ての光を反射させて、輝くのよ。その美しさを、私は決して忘れる事が出来ない。6月、部屋の片隅では二匹のナメクジが愛を交わし、卵を産むのよ。"かつて"、私はそんなことを見るのが、好きだった」

 もはや、ブロンド女は僕に話しかけている様で、誰とも話してはいなかった。"Ex"とは、ブロンド女の旦那か彼氏のことだろうか?それとも単なる幼なじみの男の子となのだろうか?僕はどちらも違うとなんとなく思った。それは"部屋"のことだった。まだこのブロンド女が少女だった頃に存在した、内的な部屋。その部屋は貧しく、陰湿だったけど、そこには窓があり、湖があり、光があり、生殖があった。そう、このブロンド女にはかつて、そこだけで完結した世界が確かに存在していたのだ。
 
「But,,,it suddenly disappeared in me,,, in 2008」
(でも、それは突然私の中に消えてしまった、、、2008年に」

 ブロンド女はリーマンショックのことを話しているのだろう。

「It wasn't related in me. But,,,I had to have responsibility. My parents committed suicide… Then I realized society is responsibility.It's invisible but certainly exists. I had no choice quitting being in the STATE.」
(それは私とは何の関係もなかった。でも、私はそれに対して責任を持たないといけなくなった。両親が自殺して。。。その時にわかったわ。"社会とは、責任のことである"とね。それは目に見えないけれど、確かに存在する。もう、合衆国にはいられないと悟ったわ。。。)

「Fuck the RESPONSIBILITY! Fuck the SOCIETY! Fuck the WORLD!!!! Only thing to make me live up is chasing "EX". But I didn't know where "Ex" gone…」
(クソ責任!クソ社会!クソ世界!!!私の生きる糧は"かつて"を追うことだけになってしまった。しかし、"かつて"は一体どこに行ったのか、私にはわからなかった。。。)
「May is there in Japan?」
(それが日本にあるかもしれない?)
「There are no hint every place in a whole world. In other word, I don't care about which place to seek. Fortunately, my parent Ex.friend gave me visa easily」
(どこにいったって、アテなんかないから、どこでもいいと思ったの。日本に来たのは、両親のツテでビザが簡単におりたからよ)

 僕は財布から3千円を取り出してブロンド女に渡した。

「why?」
(どうして?)
「Just I'd love to」
(ただ僕がそうしたいから)
「…Thanks」
(、、、ありがとう)

 そう言うとブロンド女は3千円を上着のポケットに待った。

「For me, Give&Take is really important」
(私みたいなのにとって、ギブアンドテイクはとても大事なのよ)

 ブロンド女はブリトニー・スピアーズの"Boys"をアカペラで歌い始めた。MVのスピアーズみたいに、セブンイレブンの駐車場を縦横無尽に舞った。

《Let's turn this dance floor into our own little nasty world!》
(このダンスフロアを私たちだけの淫らな世界にしてやりましょう!)

 こんなふうに、真夜中の午前2時、立川と国立の境界線上のコンビニの駐車場をダンスフロアにして、僕はブロンド女と朝まで踊り明かした。
 こんな特別な夜は、3千円じゃ安過ぎたかもしれない。