顔のない姉の惨死
朝帰り。秋も近づいてきて、朝が来るのも遅くなった。ひとつの星がきれいに輝いていた。まるで生き急いでいるみたいだ。みんなが寝静まっている真夜中でしか輝く時間を持たない愚者のように。
「知ってる?東京でひとつの星が見えたとき、それはひとりの人が死んだことなの。その星の輝きの強さはその人の死の惨殺さに比例するのよ」
僕が大学入学のために上京する前夜、顔のない姉が僕に教えてくれた。
「だから、わたしが死んだとき」
顔のない姉はひらひら舞うちょうちょを追っているようだった。そのちょうちょは僕には見えなかった。
「それはそれは眩しく星が輝くでしょうね」
僕には顔のない姉の言っていることがよくわからなかった。
「どうして自分の死が惨殺だとわかるの?」
顔のない姉は僕の額に手を当てた。僕に“体温”が存在することを確認するかのように。
「それはね・・・顔のないわたしは、今こうしてここに存在していること自体、既に間違っているからよ」
「・・・よくわからないよ」
「間違いを引き延ばすということ、その分だけ、惨殺なの」
それから3年後、姉は姿をくらました。当時姉には顔のある彼氏がいて、駆け落ちしたんだと、人々は噂している。僕にはそれが信じられなかった。いや、信じたくなかった。
顔のない姉のゆくえは未だわからない。
それ以来、僕はよく東京の夜空をつぶさに観察するようになった。
「きれいに眩しく輝く星があったとき、その星はもしかして姉の惨殺によって輝いているのかもしれない」
気付いた時には、僕は顔のない姉の惨殺を思い浮かべることでしか、顔のない姉のことを思い出すことが出来ない人間になってしまった。